【社会】美しく負ける日本人

こんにちは。

昨日の記事に関連して、面白い記事を見つけたので、それについて少しだけ考察してみたいと思います。

見つけた記事の内容

見つけた、美と利他の関係についての記事です。

…美を感じる脳の領域は前頭前野の一部、眼窩前頭皮質と内側前頭前皮質だと考えられています。…

…この部分は一般に「社会脳」と呼ばれる一群の領域のひとつで、他者への配慮や、共感性、利他行動をコントロールしているということがこれまでの研究から示されています。

…美しい、美しくないという基準と、利他行動、良心、正邪、善悪等々は理屈の上で考えればまったく別の独立した価値なのですが、脳ではこれらが混同されやすいということが示唆されるのです…

出典:日本人はなぜ「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好むのか|現代ビジネス・講談社

執筆者の中野さんの記事は、非常に面白く思いました。自分が面白く思った点は、人間は社会性を持った生き物であるという点を脳科学の視点から論じていることです。

自然淘汰で考えると、普通生物は利己的でなければ生き残ることができないと言えると思います。別に人間だけがそうだと言いたいわけではありませんが、特に人間は社会性を持たなければ生き残ることができなかった生き物であるとも捉えることができると思います。

ここで、自分は疑問に思うことがありました。全くの社会性を持つということは生き残るに当たって役に立たないはずです。

「他の人のために」は自己中

実は記事の中にも、その答えが書いてあったのですが、人は利他的でない人を攻撃する性質があるようです。それはつまり、利他的というのはある意味利己的であることと表裏一体なわけです。

だから自分は、「他の人のために働きたい」と言うのは表面上の言葉が美しく感じられるだけに過ぎず、ある意味自分がただ快の感情を得たいにすぎない、自己中心的な考えであると捉えることもできると感じてしまうのです。

三島由紀夫の「美」

三島由紀夫に昔興味があったことがあったのですが、いくつかの彼の小説では美について言及があるものが多く、彼自身「美」について興味があったと言うことなのだと思っています。

切腹という行為が彼にとって、日本をより良くするための「美」であった可能性は高いのではないでしょうか。

ただ、批判したいわけではないのですが、自殺するほどまでに追い詰められたのだとしてら仕方ないにせよ、自殺によって日本が三島さんの思った方向に動いたわけではなく、暖簾に腕押しだったことに変わりはないと思ってしまいます。

やっぱり、自殺は美しくないです。

第二次世界大戦での「玉砕」

水木しげるの体験だけでなく、日本の戦闘箇所各地で行われたとされる玉砕は、まさにこの「美しく負ける」ということの例だと思います。

玉のように清く砕けるという意味のこの言葉は、非常に美しく負けることを重視していることが滲み出ている言葉だと思いませんか?

泥臭く抵抗して生き残ろうとするより、捕虜となることなく、また降参することなく死んでいなくなることを美とするのは、とても美しく負けるということを意識していることがわかります。

少し負ける、というのとは違うとは思いますが、瓦全(何もせず生きる)ことが泥臭く勝つ、玉砕が潔く負けるという解釈をすると、あながち違うものではないと思います。

成功に対する「妬み」

妬みという感情は非常に厄介で、泥臭く成功している人に対して、その泥臭い部分を「妬み」の感情によって批判したくなってしまう部分もあるのではないでしょうか。

紹介した記事では、サッカーや不倫の話が出ていましたが、そう言った社会現象というのはそんな誰にでも備わっている勝ちたいという欲によって生まれるものなのかもしれません。

まとめ

記事では、さらに日本人に成功から遠ざかろうとしたい性格の人が多い脳の作りをしているということを指摘していました。自分としては、幸せを感じられるのであれば別に成功を無理に求めなくてもいいのではないかと感じてしまうのですが、だめなんでしょうか…

「美しく負ける」という言葉を、今まで考えたこともなかったので、とても印象的でしたが、紹介した記事ではとても論理的に解説されていました。

人間にはこのような性質があるということを自覚し、それでも本当に自分が正しいと思う選択をしていければと思います。