【メンタル】周りを見下してしまうのがつらいときの対処法

こんにちは。

エゴというのは、とても扱いがめんどくさいものです。しかも、人間である限り優越感を感じたいと思うのは誰しも持っている感情であるのは間違いないですし、とはいっても辛くなってしまうことはあるのではないかと思います。

今回は、そんなエゴの対処法について、見ていきたいと思います。

深く知って、いいところを見つける

その人のいいところを見つけることができれば、実は尊敬するべきところが見えてくるのではないかと思うので、自分はできる限り人をすぐにジャッジしないようにしています。

尊敬できるところを見つけるというのは、自分にとってプラスになります。人間は人と比べることによって、自分を成り立たせているという部分があります。だから、他の人のいいところを見つけることは、自分が足りていないと思う部分を理解するということになるわけです。

それは、もし劣等感という感情に置き換わったときに、向上心につながると考えることもできると思います。周りの人をすぐに判断せずに、

気をつけていてできるものでもないので、

自分を客観的に見て、その感情を受け入れる

どんな状況にも対応できる対処法じゃないかと思うのですが、見下している状態を理解し

エゴとはなにか

エゴが何なのか、まずは見ていく必要があります。

利己主義(りこしゅぎ、英: egoism)は、自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方。…

出典:利己主義|Wikipedia

エゴはエゴイズムの略であると考えることができて、利己主義と訳すことができるようです。利己主義と言うと、他己主義と対義語として扱われるように、自分の利益を重視する考え方です。これだけ聞くとすごく良くない言葉のように感じられますが、実際のところはそうでもないのではないかなというのが自分の感想です。

まず、第一に人間には必ず欲というものが備わっています。自然淘汰の関係で、欲がない人は明らかに生き残るのに不利です。欲には様々な種類があって、それに関しては特に専門家ではないというのもあって今回は言及しませんが、全て生きるために必要な本能、感情であると考えるべきなんじゃないかと思うのです。

欲はまったくもって自然な本能

当たり前のことではあるのですが、欲というのは自然に起こるものであって、悩む必要すらないものです、でも、今回の題でもあるように欲というもののせいで悩まされてしまうということは誰もがよくあることなのではないかと思います。

自然ということで具体例を出すとすると、テストの点数とかでしょうか。例えば、自分は今英語の勉強をしているのですが、テストを受けたときの点数はできるだけ高いものを目指したいと思っています。これは、より高いものを目指したいと思う欲によって、自己実現を目指していると考えることもできます。

この例は、とてもホワイトな例なんじゃないかと思うのですが、もちろん黒く感じられるものも欲の中には存在するわけです。例えば、人種差別とかは良くない例じゃないかなと思います。自分とその周りとは違っている人たちを、排除したいと感じるのは自己防衛本能の一部と考えることもできますが、それもひとつの欲であると捉えることもできますよね。

「周りを見下してしまう」とはどんなときか

欲の例に関しては、先程示したので、ここからは見下してしまうことに対して話を進めてみましょう。周りを見下してしまうというのは具体的には、

  • 職業を聞いたとき
  • 学歴を聞いたとき
  • 持っている資格を聞いたとき
  • 話が低レベルであると感じてしまうとき

誰しもが、普段生活している中で出会う人に対して、そんな感情を抱かざるを得ない場合があるのではないかと思います。もちろん、長く一緒に過ごす時間が長い人では、なれてしまう場合もあると思いますし、逆にその人のことをより深く知ってしまったことによって、更に見下すという結果になってしまうのかもしれません。

どうして見下したくなるのか

自分が思うに、それは自分がその人よりも優位であるとか、自分の考えていることや能力を肯定したいためにそのような感情が出てきてしまうのではないかと思っています。つまり、見下すという感情自体は自分が優越感を得るために、自然に起こるものだと考えられるでしょう。

他には、例えばグループで何かの成果を出さなければならない時に、明らかにある人がその進行の妨げになるような行為をした、あるいは行為をしなかった場合にも、見下したい感情が出てきてしまうのではないかなと思います。

これに関して言えば、その人のせいでそうなってしまったということを受け入れた上で、自分の感情を俯瞰して冷静に見てみるしかないような気もします。世の中にはどうしても、自分とは合わないと感じる人や、迷惑に思ってしまう人がいるのも確かだと思います。

人間一人ひとりの価値観が違うものであると思えば当たり前のことです。だから、そんな時は自分が見下してしまうのが悪いと考えるのではなくて、全体の状況を一歩引いて冷静になって見るべきでしょう。

まとめ

世の中にはいろんな人がいて、もちろん自分には受け入れられないような人も中に入るものだ思います。特にそんな時、人はひどく人を見下そうとしまうもので、時にはそれに気づくと苦しくなってしまうこともあると思います。しかし、それ自体は極めて自然なことで、気にしないということ自体すら長老が為せる技なじゃないかって思います。

だから、あまりそのことを気にしすぎる必要はないというのが、この記事の答えです。もちろん、ただそれを行動として差別やハラスメントとして周りから認識されないようにしていく必要はあると思います。これを読んでいただいている皆さんなら、おそらく分別がある方々なので大丈夫だとは思います。

また、自分が見下してしまう人が周りにいる場合には、自分の状況をしっかり客観的に観察した上で、その人の尊敬できる部分を探していくのが一番いい解決策だと思います。そういった注意深い観察が、きっとそのうち自分の糧となっていくのだと自分は信じています。