【メンタル】勝負嫌いは、治したほうがいいのか?

こんにちは。

自分と同じように、勝負で嫌いな人って結構多いのではないかと思います。どんな理由があるのかは人それぞれだと思うので、今回はそれぞれその理由と対策について考察してみたいと思います。

提案:自分との戦いだと思えばいいのでは?

短い人生しか送ってきていない自分が言うのも変な話ですが、人生にとって大事なのは勝つと言う結果よりは自己成長すると言う実感なのだと思っています。

勝つと言うのは常に続くものではありません。つまり、いつかその結果は覆されてしまうもので、その虚しさに自分は耐えられるとは思えません。

だから、勝負が嫌いというわけではありませんが、勝負というのが自分との戦いであると考えれば、常に向上心を持って、自己実現を目指せるのではないでしょうか。

理由①:勝負で負けるのが怖い

ここからは、勝負が嫌いな理由を考察してみましょう。

まず考えられるのは勝負をして負けてしまうのが怖いというものです。勝負の醍醐味は勝つということです。だから、誰しも負ける可能性をはらんでいるのはいうまでもありません、勝負というのはそういうものであるに違いないのですから。しかし、負けるということは、とてもその人にとって屈辱感をもたらすなど、ネガティブな感情に陥りやすいものです。自分も正直負けるというのはとても怖いです。

そのようなわけで、負けるのが怖いから勝負が嫌いだというのは、とても自然なことなのではないでしょうか?

理由②:勝負で勝つのが怖い

2つ目は、人によって不可解に感じる人もいるかもしれませんが、筆者は明らかにこっちです。

先ほど述べたように、負けるのが怖いというのはほとんどの人が説明なしに理解できるはずだと思うのですが、実はそれに似ています。例えば、あまり練習してこなかった試合で勝ったとします。たしかに相手の実力が自分より下だったから勝った、という場合には、あまり気にする必要はないのかもしれません。ただ、もしもまぐれで勝ってしまって、次の試合で負けてしまった時、もしかしたら前に自分が勝った相手なら倒せるかもしれなかったのに、自分は負けてしまった、と考えてしまうことはあるかもしれません。

相手のことを考えてしまって、ネガティブな感情になってしまうのです。これは例えば大学受験にも当てはまるかと思います。自分が受かったらその席の分は誰かが落第した…

いちいち相手のことを気にするなんて偽善だ、という話もあると思うのですが、気持ちとしてそういうこともあるのは事実なんです。

自分の中学時代

私は、中学高校と部活で卓球をやっていました。中学生の頃は公立に通っていて、人生の中で言えばとてもじっくり練習していました。

もちろんクラブチームの人たちと比べると本当に大した練習もできていません。体育館をバレー部、バスケ部、卓球部で分割していたので、毎回卓球台を人数分体育館に出す、というわけには行きませんでした。テスト期間も練習できないということを考慮すると、なかなか上達するのが難しいのはわかっていただけると思います。

でも、私立高校に行った自分は週に4、5時間ほどしか練習できなかったので、その頃と比べると差は歴然としています。

練習していないのに勝ったときは辛かった

高校での体験は、今でもよく覚えています。もちろん自分は強かったわけではありません。しかし、試合に出ると自分が練習していないにもかかわらず、勝ってしまうことがあります。

素直ではないな、という感想を持たれる方も多いのかもしれません。でも、自分のスキル向上が何も感じられない状態で勝っても嬉しくないどころか、相手がもう一戦できなくなってしまうことへの罪悪感しか感じません。

まとめ

勝負が嫌いというのはとてもわかりますが、個人的には勝負によるモチベーションの向上を使って、自己実現を目指すというのはとてもいい方法なのではないかなと思っています。だからこそ、資格を取るために頑張っている人もたくさんいるわけです。

そういう意味で、勝負というのを自分との戦いだと捉えることで、過度に他人との比較をやめてみるのはどうでしょうか?それなら、過去の自分と今の頑張った自分を比較することで、モチベーションを上げることができるように思います。