【企業】日本初のトランジスタラジオ-SONY①

こんにちは。

今回はSONYについて、調べてみました。SONYの歴史は公式サイトにとても詳しく書かれていたので、ほとんどそこからまとめてみました。

創業は1946年

ソニーの創設者として知られる井深大は、終戦後すぐの1945年9月に長野県から上京しました。井深とその仲間たちは、東京都中央区日本橋の焼け跡に残った一室で、自分たちの技術を活かしたものを世に出したいと考え、東京通信研究所の看板を掲げました。

1946年5月7日には、東京通信工業株式会社を設立し、1949年にはテープ式磁気録音機を発売するようになりました。(参考:企業情報|SONY会社沿革|SONY

日本初のテープレコーダー

東京通信工業が京橋区銀座5丁目に会社を移した後、NHKから旧軍用無線機の改造という仕事を受けました。NHKと東京通信工業のつながりはテープレコーダーの開発にまで発展します。戦時中陸軍で使っていた、ワイヤーレコーダー(1898年にヴォルデマール・ポールセンによって開発された磁気記録媒体)の存在を知り、その日本での市販化に向けて研究を開始しました。

井深や盛田(東京通信工業株式会社を井深とともに設立した常務取締役)は進駐軍のいるNHKに入る機会がよくあったため、GHQ内の民間情報教育局からテープレコーダーを見せてもらうことができました。ワイヤーレコーダーよりも音のいいアメリカ製テープレコーダーを知り、実用化に向けた開発を本格的に開始し、1950年に東京通信工業は日本初のテープレコーダーを発売するに至りました。(参考:企業情報|SONY会社沿革|SONY

日本初のトランジスタラジオ

アメリカではどのようにテープレコーダーを使っているのか、見たいと思った井深は渡米を決断しました。渡米先で、アメリカの友人が訪ねてきて、トランジスタ(1948年にショックレー、バーディーン、ブラッテンの3人によって発明)の使用料を支払えば、特許を公開してくれるという情報を持ってきたそうです。

当時、井深は急激に増えていた会社の人員を効率よく生かす方法について考えていました。トランジスタの自社生産はそんな問題を解決するために最もいい方法だとして、開発を開始しました。

また、そんなアメリカの会社から買い取ったトランジスタの特許を使って製品化するために、広く誰もが買える大衆製品として、ラジオを開発することを決めます。アメリカに先を越されるも、東京通信工業という名前ではアメリカ人に通じないことを理解していた井深は、SOUNDの語源となったラテン語SONUS、小さいとか坊やという意味のSONNYという2つの言葉をかけ合わせて、ラジオにSONYという名前を加えました。

トランジスタの特性にはばらつきがあって、基準をクリアした品質を保つのが難しいという問題もありました。それを解決して、1955年には日本初のトランジスタラジオを発売しました。

海外進出とビデオテープ

トランジスタラジオは輸出製品として成功を収めました。そこで、より世界を相手として戦うことを目的として、1958年に東京通信工業株式会社はSONY株式会社に社名を変更しました。

テープレコーダーはオーディオだけでなく、映像にも応用できるとして井深はビデオテープレコーダーの開発も指示しました。すでにアメリカの会社が製品を出していたためです。

オランダのフィリップス社への見学をしていたソニーは、海外進出を積極的に行います。海外への工場の設置だけではなく、1960年にはソニーアメリカがニューヨークに発足しました。

開発が進んでいたビデオテープは、世界初のトランジスタ式VTRとして、ついに1961年に放送業界用に発売されました。しかし、一般に普及させるには大きすぎるし高いということで、1963年に新型のものが発売され、アメリカにも輸出されました。このときは業務用として、病院や学校だけでなく飛行機内の映画上映用として使われるようになりました。

(参考:ビデオ戦争VHS|Wikipedia/第14章 旅客機に乗ったVTR|SONY

まとめ

まとめてみると、1つの記事にまとめるのが難しいことがわかりました。調べれば調べるほど面白い歴史がありました。
今回はこの辺にしておきます。